Masahall Full Stack

マーシャルアンプとリッチー・ブラックモアとジョージ・リンチとスティーブ・ヴァイが大好きなマサハルのブログです。時々こっそりと過去記事を改訂しています。(笑)

格安でオールド50Wを手に入れた話

以前から言っていましたが、マーシャル集めの最後の目標はオールドの50Wでした。ジェフ・ベック、マイケル・シェンカーが愛用し、リッチー大先生もインロックのレコーディングに使用したといわれる1970年~1976年の間に製造された1987 SUPER LEAD。
中古相場だと程度の悪いものでも最低15万円以上で、そこそこのもので20万円以上はするようです。私はそんな予算はありませんので、いつものとおりヤフオクで自分で直せる程度のジャンク品を探していたところ、ついに出物を発見しました。

1975年製造のハーフスタック、10万8千円スタートの引き取り限定物件です。表面の汚れ、パネルのめくれ、クロスの破れがあり、改造もありますが、一応正常動作するとのこと。場所は神戸ですが、これは落とすしかない!と気合が入ります。予想通り競りあがることもなく、安価で落札できました。

 

仕事を調整して金曜日に会社を休み、少しでも節約するため高速を通らず6時間かけて神戸まで引き取りに行きましたよ(笑)
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朝4時に起きて国道8号線を通り、敦賀から先は良くわからない京都北部山中のワインディング道路を走り、10時過ぎに到着。現地で電源を入れて動作確認をしました。特段ノイズもなく、小ボリュームでジョリンジョリンのマーシャルサウンド。これは期待できます。

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(だが非常に汚い)

 

次の目的地は名古屋。翌日友人とスタジオでマーシャルをチェックするためです。大阪あたりまで下を走り、夕方の渋滞に巻き込まれるのは嫌なので、京都辺りから高速に乗ります。新名神~伊勢湾岸で名古屋入りして、16時ころにホテルに到着。

到着して一休みした後は、ヘッドを部屋に持ち込み、分解チェックです。そのために工具やギターなど持参しました。

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まず見た目は非常に汚いのでクリーニングから。ほこりが固着して全体に薄茶色にすすけた感じです。洗剤を吹き付けてぼろ布で拭いてみましたが、凹凸の深いエレファントトーレックスの表皮の溝にこびりついた汚れは落ちません。たわしかブラシでゴシゴシ洗わないとダメそうなので断念。
バックパネルを開けてシャーシを取り出します。

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グランドスイッチの付いた3ピン仕様です。電圧切り替えのないUS仕様でインピーダンスセレクターの樹脂カバーが欠損して差込金具だけはめ込んでありました。センドリターンが増設されています。箱の内側上部には冷却ファンが付いていましたが、100Wの1959と違い通気口がないのでほとんど効果は薄そうです。

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シャーシや部品には厚く埃が堆積していましたが、めっきの劣化やトランスのさびありません。プリ管はGroove Tubeの12AX7です。パワー管の印字が消えていますが、細部の形状がSIEMENSに酷似しています。

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インスペクションシートもきれい。JAPAN BASS って書いているように見えるが...

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シャーシ内部は非常にきれいでした。センドリターンもきれいな作業です。カップリングのキャパシタマスタードではなくキャラメルのような樹脂成形のものです。

ホテルの歯ブラシで埃を軽く落としましたが、しっかり汚れを落としてやればかなりの上玉になりそう。

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パネルのめくれを修正し、シャーシを箱に戻してニヤニヤ眺めていましたが、音を出したい誘惑に負けて、台車を借りてキャビネットも部屋に持ち込みます(笑)

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(実は使用後に車に積み込むところを時間を逆に載せました。キャスター付いてないんだよ...)

グリルは75年前後のみに見られるスモールチエック。74年ころまでのラージチェックより格子の間隔が狭いのです。そして無残に削れて2個だけ残ったキャスターベースはブロンズアルマイト処理のアルミ鋳造品です。

当然キャビも開けます。スピーカーは75年製造のG12M-25で、磁石のカバーが黒いブラックバック。私が最初に手に入れたオールドスタックと同じです。

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さてTHDのアッテネータをつないでセットアップ。いよいよ音出しです。
夕方の18時ころで周りの部屋に人はいなさそうですが、TVの音量程度で鳴らしました。


‘75 Super Lead 1987 part1


‘75 Super Lead 1987 part2

う~ん、バリバリ元気ですね。
翌日のスタジオの報告はまたの機会に。

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夢の実現

このブログを始めた時の夢をようやく実現しました。

狭い階段、カミさんの苦情などの障害によって構想から2年半かかりましたが。

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4個のキャビネットを2階に上げたものの、40kgもの重量のため下ろせなくなって早数年。そろそろ処分も考えてやる事に決めました。

置き場所はなんとかするとしても、一人で持つ事は困難なのでバックパネル、スピーカー、バッフル板、枠と完全分解してパーツごとに運ぶことにしました。

マーシャルの分解には電動ドライバーが必須です。普通のプラスビットではネジ山にフィットしないので、不用意に電動ドライバーでガガガっと回してしまうとネジ山をナメて再起不能になってしまいます。できれば#2のポジドライブビットもあると良いです。(力のかかる最初と最後は慎重に手で回せば大丈夫ですけど)

 

さすがにキャビネットを3個分解組立、積み上げたらかなり疲れましたが、フルスタックを3個並べた姿を見て感動しました。

 

カミさんに文句を言われるのも嫌なので、撮影後はさっさと撤収。これで以前と変わらないスペースに収まります。

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1959SLPやJMP2203を手放す前にやりたかったけど、これでやっと余計なキャビネットとヘッドを処分する決心が付きました。今後は年を考えてコレクションを縮小します。

Ibanez JEM JR

いやしかし、インドネシアIbanezって仕上げが酷いですね。
まずフレットのトップの研磨が粗い。ヴィブラートかけると弦がギリギリザラザラと引っかかるんですよ。レベリング(高さを揃える)の粗削りで終わってる感じで、そういう行程なのかミスで仕上げを抜かしたのか、明らかに粗い研磨傷が残っているんです。(→サンドペーパーとコンパウンドで滑らかに磨きました)

そしてロックナットが高する。1フレットの弦高がめちゃめちゃ高いので弦を押さえるのが苦痛で、ローコードで音程がシャープしてしまう。(→ナット取り付け部の木を少し削って適正な高さまで下げました)

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ブリッジを下げても、今度は2~3フレットが当たって音が詰まってしまい、弦高が下がりません。ロッド調整をしてもダメ。よく見るとスカーフジョイントした部分でネックが逆反りしています。(→仕方ないので2~4フレットをビビらなくなるまで低く削って磨き直しました)

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さらに中華製のPOTが曲者で、シャフトの回りが異常に重いんです。トーンは良いとしても、素早いボリューム操作をしたいので困る。(→POT交換せず、シャフトの隙間にアルコールを流し込んでギリギリ回して、抵抗になっているべっとりしたグリスを洗い流しました)

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これで一応ストレスなく弾けるようになりましたが、普通の人なら、「弦高が高くて弾き難い、フレットがザラザラで気持ち悪い」ということでお手上げでしょうね。

さらにジャトゥバという指板材は色が薄くて安っぽく見えるので、白髪染め剤で濃い色に染めて、サンドペーパーでツルツルに磨きました。(ビゲン クリームトーンがお勧めです)

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ここからがVai風改造です。
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・20~24フレットをスキャロップ
・ライオンクロー部を蛍光ピンクに塗装
・ノブをグリーンとピンクの物に交換
・ヘッドにピックホルダーを追加

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これで廉価版ながらも立派なシグネチャーモデルになりました。

JEM7Vと弾き比べています。(2001年の7Vも手に入れました)

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Steve Vaiと私

1984年、イングヴェイ・マルムスティーンが抜けたアルカトラズに新人スティーヴ・ヴァイ加入!というヤングギターのニュースで初めて彼の名をを知りました。
最初のインタビューが乗ったYG1984年12月号は未だに持っています。初めての来日で、イングヴェイのフレーズを弾きこなした上にタッピングで新次元を見せたとの評判でした。

そして、85年に発売された「Disturbing the Peace」でヴァイの全貌が明らかになります。イングヴェイ路線とも既定ヘヴィメタルとも異なる奇妙としか言いようのない曲に、スゥイープやタッピング、ギターオーケストラ的な多重録音、ディレイなどのエフェクト活用した耳新しいプレイは、ハイレベルすぎて何をどう弾いているのか理解できず、ただ聴くだけでした。

 

ほどなくしてアルカトラズを脱退し、86年にデイヴ・リー・ロスバンドに加入。超人ベースのビリー・シーアンとの超絶コンビはロック界を賑わせました。私はそれ以前からTALASの曲として知っていましたが、名曲「Shy Boy」はヴァイのアイディアを加えて完成したといっても過言ではありません。
当時バンドをやっていた私はなんとか「Yankee Rose」を弾けるようになったのですが(今ではもう弾けませんが)、ビリーを担当するベーシストが見つからずバンドでの演奏は断念してギターへの熱意は薄れていったのです。

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DLRを脱退しホワイトスネイクに参加したことさえ知らず、その後のソロの活躍ぶりも全く知らずに、会社で働いては週末は車をいじったり走り回る毎日。

結婚して子供が生まれ生活が落ち着くとなんとなくギターを再開しましたが、なかなかヴァイの出番は来ません。とはいえたまに聞きたくなったりして「Passion and Warfare」と「Ultra Zone」のCDは購入してはいました。

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昨年の11月頃、ジェイクの情報で「ネ申風」ストラップの話題が出て、それってヴァイがアルカトで使っていたじゃんと思い、古いYGを引っ張り出してきたのがきっかけでブームがやってきました。しばらく前に見た「Gravity Storm」の演奏中アンプが故障してしまう動画をもう一度見たいと思い、探して見たらそのダンスが面白くてしょうがない。


Steve Vai blows up his amp

そんなある日、IbanezからJEM Jrというヴァイの廉価版シグネが販売されているのを知り、直ちに購入しました。新品のギターを買ったのなんて30年ぶりで5本目です。(笑)

アルカト、DLRのイメージで派手な黄色を選び、さらにはkeeleyのDS-1、MORLEYのBadhorsie、DigitechのWHAMMYなどのペダルも手に入れました。JEM Jrは売っているそのままではイマイチでしたが、指板を濃い色に染めてナットやフレットを調整したら結構良くなりました。特にオリジナルのピックアップが良いですね。パーツ交換やスキャロップ加工などちょこちょこと手を入れてヴァイ気分を楽しみました。

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しかし90年以降のヴァイの軌跡を追ってゆくと、やはりメインの白いJEMが気になってきます。(続く)